2025年11月10日に会員限定のオンラインセミナーを実施しました。
今回は「やさしい日本語」に焦点を当てた内容です。約150名の皆様にご参加いただきました。ありがとうございました。
アンケートでは「とても具体的で参考になった」「ご自身で道を切り開いていく姿勢に刺激を受けた」「自分が思っていた以上に、やさしい日本語はやさしくて、お互いのためのやさしいツールになると分かった」などたくさんの感想をいただきました。
まず最初に、小会の代表理事・伊藤健人氏(関東学院大学国際文化学部教授)より「やさしい日本語」が誕生し、社会に広がっていった経緯について詳しく解説しました。

■「やさしい日本語」の‟はじまり”と‟ひろがり”
<はじまり>
「やさしい日本語」の定義はいろいろ分かれていますが、日本語を母語としない外国人や日本語でのコミュニケーションに何らかの困難を抱えている人のために配慮された日本語表現で、簡単な言葉に言い換えて日本語コミュニケーションを取る方法と言われています。
やさしい日本語が注目される大きな転機と言われているのが、1995年の阪神淡路大震災です。負傷・死亡した外国人の割合が日本人の2倍以上となり、多言語の情報伝達がうまくいかなかったことで被害が拡大したのではないかという問題意識がうまれました。
そこで、災害による被害を減らす「減災」のための共通言語として、「やさしい日本語」の必要性が提唱されました。
当時方言研究者であった弘前大学の佐藤和之先生を中心とした研究会が、役場での聞き取りなどをきっかけに、多言語情報が伝わらなかった課題を解決するための研究をスタートしました。
1993年には災害・避難情報をまとめた「災害が起こった時に外国人を助けるマニュアル弘前版」を公開するなど、災害時の緊急言語情報伝達に関する研究を重ねました。
<ひろがり>
減災という始まりから、「やさしい日本語」はその応用範囲を広げ、現在では「在留支援」や「多文化共生社会のツール」へと発展しています。
2000年代に入り外国人住民が急増・多様化(2024年度末には377万人、30年間で約30倍)し、留学生だけでなく、技能実習生や定住者など、生活で日本語を必要とする人が増加しました。
一橋大学の庵功雄先生の研究チームなどを中心に、多文化共生社会において共通言語としての重要性が指摘されるようになりました。外国人だけでなく、子ども、障がいをもつ方々など、多様な人々への応用も可能であると認識されています。
東京都の調査では、外国人が希望する情報伝達の言語として「やさしい日本語」が7割以上求められています。これは、英語や母国語での対応に加えて、どちらも理解が難しい方への「選択肢の一つ」として「やさしい日本語」を活用する、という考え方が中心となっています。
文化庁や出入国在留管理庁(入管)も在留支援に注目し、2020年には「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」を、2022年には「話し方のポイント」、2023年には「研修のための手引き」を作成するなど、普及に力を入れています。
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次に、日本語教師として「やさしい日本語」の普及活動を行う田久保布美子氏から、ご自身の経歴とこれまでに実施されたワークショップの事例が紹介されました。
田久保氏は、アナウンサーやシステムインストラクターなど様々な職業を経験したあと、何か資格をもって仕事がしたいという思いから日本語教師を目指されました。
そのきっかけは、息子さんが幼稚園時代に出会ったベトナム人親子との交流でした。日本語が全く分からないRちゃんのお母さんが、家族(日本で働く夫)の助けを借りて深夜にLINEグループの翻訳を行う姿や、言葉の壁を乗り越えて謝恩会のためにミニチュア模型を制作する姿に、「子どものためにお母さんは頑張れる」と感動したことが、人の役に立てる資格を考える上で、日本語教師という道を選ぶ決定打となりました。
2021年に日本語教師養成講座を修了後、東京都内区立の小学校・幼稚園で日本語指導、山形県米沢市の国際交流協会で、技能実習生やALTに日本語を指導、埼玉県市立の小中学校で日本語指導補助員を務める傍ら、国際交流協会の日本語教室でボランティアとしても活動されています。
活動の動機は、学校現場で日本人側の先生方やクラスメイトが、外国籍の児童生徒に対し、どんな言葉を使ったら良いか困っている場面に多く直面したことです。こうした状況を目の当たりにし、「やさしい日本語」を教えたいという気持ちが湧き上がり、ワークショップを企画しました。
ワークショップは、提案書の作成から始まり、学校側との打ち合わせ、Facebookでの協力者(日本語教師の仲間)募集とZoomでの複数回の打ち合わせ・リハーサル、アンケート作成といった周到な事前準備を経て実施されます。
これまでに実施された4回のワークショップから、以下の3つの事例が紹介されました。
1.区立幼稚園・保育園の先生向けワークショップ(2023年)
園長先生からの「給食がない日にお弁当を持ってこない」「プールの日でも水着を持ってこない」といった、保護者との間の深刻な情報伝達の課題をきっかけに開催されました。
- タスク例(遠足のお知らせ):
- 元の伝達例: 「明日遠足です。お弁当を持って7:30に公園に来てください。そこからバスで出かけます。時間に遅れないでくださいね」
- やさしい日本語例: 「明日、遠足です。幼稚園に行きません。公園に行きます。7:30に行きます。食べ物を持ってきてください。」など
- ポイント: 「一文を短くする」「文末を『ます・ません』で終わらせる」「『お弁当』を『食べ物』に変える」といった工夫に加え、「必ず確認をすること」(例:「明日どこに来ますか?」)の重要性が伝えられました。2.市立中学校・全校生徒向けワークショップ(2024年度3月)
2学年126名を対象に、4クラス同時進行で実施されました。
- 内容:
- ウォーミングアップ: 日本語の「カタカナ語」が海外では通じない例(例:ペットボトル→プラスチックボトル)や、「昇降口」「下駄箱」といった中学校で日常的に使われる熟語・漢語が外国籍の生徒には難しいことを参加者に気づいてもらいました。
- ハサミの法則: やさしい日本語の基本として、「簡単な言葉で、はっきり言う・最後まで言う・短く言う」の3原則が紹介されました。
- グループワーク: 「昇降口から2年3組までの行き方」をやさしい日本語で伝えるタスクを通じて、生徒たちは「学校の入り口」と言い換えたり、一文を短くしたりする工夫を体感しました。「
文化祭DVD販売の申し込みの仕方」など他にも複数のタスクにチャレンジしました。
- 結果: ワークショップ終了後のアンケートでは、94%の生徒が「使ってみたい」と回答。「ちょっとした配慮で助かる人がいることを知った」「積極的に話そうと思う」などのコメントが寄せられました。

先生方に向けたワークショップでは、「ハサミの法則」のほかに、以下の5つの簡単なポイントも共有されました。
- 簡単な言葉を使う。
- 短い文で話す。
- 優先順位の高いものを伝える(いつ、どこに、何を持ってくるかなど)。
- 文末を「です・ます」で話す。
- ゆっくりはっきり話し、イラストやジェスチャーを使う。
- タスク例(保護者へのお便り):
- 元の文章: 「日頃より本校の教育活動にご理解・ご協力を賜り、ありがとうございます。(中略)タブレット端末の使用状況を気にかけていただけると幸いです。」
- やさしい日本語例: 「これは学校のタブレットです。動画やゲームに使わないでください。家でも、気をつけてください。」
結果: 94%が「非常に満足」と回答し、1ヶ月後の再アンケートでは100%が「やさしい日本語を意識するようになった」と回答。お便りも実際にやさしい日本語に変わるなど、現場での意識改革に繋がりました。
中学校での2つのワークショップは、埼玉新聞でも取り上げられました。
3.国際交流協会 日本語教室ボランティア向けワークショップ(2025年夏)
国際交流協会は地域の生活者の方に対して、ボランティアの方たちが日本語を教えたりサポートしたりする場所です。このボランティアの方々に対してやさしい日本語を学んでいただくという機会でした。
このワークショップでは、「面白かった」「勉強になった」「時間が短かった」など、大多数の方から肯定的な感想をいただきました。一方で、「どのレベルの人を対象にしているのか分かりづらい」「学習者は新しいこと、難しいことを学びに来ているのに、レベルを落とすのは違う。新しいこと、難しいことを教えることこそが学習ではないか」との意見がありました。
これらのご意見に対し「説明不足だった」と振り返り、改めてやさしい日本語の目的について補足しました。
やさしい日本語は、特定の低いレベルの人だけを対象としたものではありません。例えば、日本人同士でも、子どもに「ドッグ」が通じなければ「犬」、さらに通じなければ「わんわん」と言い換えるように、相手のレベルに合わせて言い換えができる「ツール」として、どのようなレベルの人にも使うことができるものです。「新しいこと、難しいことを学習する」という学習者の意欲は当然です。しかし、この場で問いかけたかったのは、「その新しい内容をやさしい日本語を使って教えてほしい」という点です。日本語は、丁寧に説明しようとするほど長く難しくなりがちです。「私たちは、知らず知らずのうちに長くて難しい日本語を使っていませんか?」という問いかけを通じて、日本語学習者を含め、あらゆる場面でやさしい日本語を活用してほしいという思いを伝えました。
■ワークショップのための心構えと今後の活動

外国人の方は、一生懸命日本語を学んでいます。外国人と共に生きていく私たち日本人がちょっとした配慮でやさしい日本語を使うことで、両輪で回していけば歯車がかみ合って、社会がよりやさしい世界になるのではと考えています。
また、一度で全てを理解してもらうのではなく、日本語の難しさを体感してもらい、グループワークで考えることによって気づきを与えることを重視しており、決して単なる置き換えにならない=「やさしい日本語教室」にはしないという点を心掛けています。(正解はひとつではありません)
<今後の目標>
日本語教師としてのスタートが子どもの日本語教育ということもあり、「子どもの日本語教師としてのスペシャリスト」を目指し、来年度からは小・中学校のほかに定時制高校への日本語支援を通じて、外国ルーツの子どもたちのドロップアウトを防ぎたいと考えています。そして、将来的には「やさしい日本語ニュース」が地上波でも放送され、そのアナウンサーになりたい!という大きな夢があります。
最後に、日本語教師として「楽しむこと」「学習者が学びたい環境を作ること」を大切にし、日本人と外国人の両方が思いやり、楽しんで共生できる社会を目指したいと考えています。
■質疑応答(抜粋)
Q:ワークショップの現場(主催者)・費用・参加者の募集など個人では難しいのでは?
A:教えている現場の声を拾って提案しています。現場にはいろいろな愚痴や困りごとがあるのでいろいろな人の話を聞くようにしています。私の場合は種をまくというよりも「釣り」というイメージで必要なところに竿を投げています。
また、費用に関しても様々です。やりたいけれど予算が取れないところもありますし、一部上場企業だとたくさんいただけることもあります。
Q:外国にルーツを持つ子どもたちへの日本語教育についてはどのような専門教育を受けたのですか?
A:専門的な勉強はあまりないですね。東京都教育委員会の「たのしいがっこう」や(https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/school/japanese/learning_japanese/tanoshi_gakko)市販の小学生や中学生向けのテキストで勉強しました。正解がないので現在進行形で学んでいるところです。自治体によって教員免許がいる・いらないなどもありますので、まずは情報収集が大切です。
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日本語研究会は、今後もオンライン講演会やシンポジウムなど、さまざまな企画で情報発信していきますので、ぜひ私たちの活動の輪に加わっていただければ幸いです。
