2026年3月21日(土)、一般社団法人日本語研究会主催の「第5回日本語教育シンポジウム」を開催いたしました。

会場の御茶ノ水ソラシティカンファレンスセンターソラシティホールWESTには約50名が来場され、オンライン配信視聴には約300名の方々にご参加いただきました。ご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。
ここでは当日の様子をご紹介いたします。
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現在、日本語教育の対象者は、留学生に留まらず、生活者としての外国人、児童・生徒、就労者など多様化しています。こうした多様な学習者に対応する日本語教育を、私たちはどのように考えればよいのでしょうか。
今回のシンポジウムでは、多岐にわたる現場の最前線で活躍されている日本語教師4名の方をお招きし、留学生、生活者、児童・生徒といった対象者別の教育現場が直面する具体的な現状と課題をご紹介いただきます。
さらに、「なぜ私はこの現場を選び、どのように活動を切り拓いてきたのか」という、先生方の貴重なキャリアストーリーを伺うことで、参加者の皆様の活動のヒントやキャリア形成を後押しします。
■第1部 事例発表
【事例1】<つまずきポイントから逆算~日本語学校で詰まないための準備と働き方~>
久保絵理香氏(日本語学校理事長)

私は大学で日本語教育を主専攻しながら日本語教師養成講座を修了し、新卒で日本語学校の専任講師となりました。教務副主任、教務主任を経て途中1年ほど現場を離れ、日本留学試験(eju)の記述試験採点や高校での授業、企業への出張レッスンを経験し、講師6年目に日本語学校の校長に就任しました。現在は、日本語学校の理事長を務める傍ら、法人への日本語研修、日本語学校の教務コンサルなどを行っています。
今日、私が皆さんにお伝えしたいのは「日本語教師を長く続けてほしい」とうこと。
今回のタイトルにある「詰む」とは、行き詰ってどうにもならず、辞めることになってしまう状態のこと。これまで多くの日本語教師を見てきた結果、「詰み」の原因は当人の能力不足ではなく「設計ミス」にあると感じています。
では、どのような設計ミスなのか。授業における代表的な「つまずきポイント」は2つあります。
1つは、「準備が終わらない」。特に危ないのが、授業準備が心配だからと週1で勤務を始めるパターンです。授業準備を完璧にしようと思うと、終わりがありません。準備に追われる→睡眠不足で疲れる→体調を崩して欠勤→「次は完璧に……」と悩む→授業の日が近づくと苦しい→詰んでしまう、となってしまうのです。
これを回避するには、まず、週2~3勤務から始めること。週1勤務だと1学期に10回しか授業の機会がなく、現場感が養われません。週2~3回の稼働で、現場感と準備・実施・改善のサイクルを回していくことが大切です。授業準備については、最初は素直に「型」を借りて効率化し、自己流は後回しにする。先輩方にやり方を聞き、ある程度慣れたら自分流に工夫していけばいいのです。
第2のつまずきポイントは「授業観の誤解」。沈黙が怖くて説明を増やす→「わかりましたか?」を繰り返す→授業で一生懸命に説明しているのに小テストの点数が低い→「もっと話さなきゃ……」と焦る→授業の日が近づくと憂鬱→詰んでしまう、というケースです。
このパターンに陥る人には「学習者が静かに聞いている=よい授業」という誤解があります。語学学校は「話を聞きに来る」のではなく「話しに来る」場所。先生が話し疲れてしまうような授業は、アウトなのです。学習者がたくさん話せる授業を設計しましょう。
皆さんの中には、これから日本語教師となる方や、養成講座で勉強中の方もいらっしゃるでしょう。冒頭でお話ししたとおり、「詰み」の原因は「設計ミス」であり、予防可能です。気合いで乗り越えるのではなく適正な設計で、続けられる土台を作っていただきたいと思います。
【事例2】<高校の日本語教育~勤務校での取り組みと課題~>
富岡貴子氏(高校 日本語教師)

私はもともと高校の社会科教員で、結婚後に夫の仕事の関係でサウジアラビアに8年間滞在しました。日本へ戻り、帰国子女となった自分の子どもたちが教科書の漢字が読めず、学習言語としての日本語習得に苦労する様子を目の当たりにし、「やさしい日本語」の必要性を実感しました。長女が高校に進学した頃、中学で来日した外国人親子の進路相談を度々受けるようになり、日本語指導を必要としている子どもたちに私も日本語を教えられるようになりたいと思い、日本語教師を志しました。現在は、神奈川県の2つの公立高校(全日制と定時制)で日本語教員として働いています。
私が勤務する全日制高校では20名の在県枠(在県外国人等特別募集枠)が設けられており、全校生徒750名のうち、外国につながりのある生徒が約100名在籍しています。
定時制高校の方は、Ⅰ部(午前)、Ⅱ部(午後)、Ⅲ部(夜間)の3部制で、Ⅱ部に10名の在県枠があります。他の部の一般枠にも日本語指導が必要な生徒がいるので、在県枠以外の生徒が履修できる日本語クラスも設けられています。
どちらの高校も週に1日、2時間の日本語授業があります。限られた時間で全てを網羅するのは難しいため、授業の中では自宅学習が難しい会話や協働学習、発表を中心に行っています。
たとえば、漢字や文法については、漢字の読み方や書き順、文型の場面と意味、例文などを宿題で生徒が調べてスライドを作成し、授業で発表して互いに教え合う形をとっています。自分で調べて発表することで「読む」「書く」「聞く」「話す」の4技能も一緒に身につけてもらうことが目的です。
両校とも放課後支援の取り組みがあり、居場所を求めて来る生徒もいれば、学習に取り組む生徒や相談に訪れる生徒もおり、イベントを通して日本人生徒とのつながりをつくる試みも行われています。
ここまで神奈川県の勤務高校における日本語教育の取り組みをお話ししてきましたが、課題もあります。2022年度から在県枠の対象が滞日期間3年以内から6年以内に変更され、在県枠に競争率が生じ、来日間もない生徒の合格が難しくなってきました。ゼロ初級の生徒が、定員割れをしている高校の一般枠で受験するケースも増えており、一般枠では在県枠のような手厚い日本語サポートが難しいという問題があります。そして、そもそも週2時間の授業で、教科の授業についていく日本語力を養うのは難しいことも、大きな課題です。
私は、言葉が通じないストレスと困難な状況の中で頑張っている生徒たちの力になりたいと願っています。まずは生徒たちがリラックスして過ごせる居場所や日本人生徒たちとの交流の場をつくり、教科につなげる日本語、キャリアにつなげる日本語、地域社会につなげる日本語教育を目指していきたいと考えています。
【事例3】<「教える」から「共に生きる」へ―言葉の壁を超えて、地域の担い手を育む―>
山藤弘子氏(多文化共生地域日本語教育コーディネーター 日本語教師)

私は約25年前に日本語教師となり、日本語学校で教務主任を務めたあと、子育てを機に台東区の日本語教室でも教え始めました。2004年、日本語教室の卒業生と「たいとう多文化共生まちづくりの会」を設立し、台東区に暮らす外国人と日本人が同じ地域に暮らす仲間として共にまちづくりを考え、協働する活動を行っています。
台東区は住民の9.6%が外国人で、100ヵ国以上の国と地域の人が暮らしています。外国人観光客が非常に多い地域でもあり、一部の観光客や民泊オーナーのマナーの悪さから、地域に暮らす外国人も混同され、誤解や偏見が生じるという地域課題を抱えています。
こうした地域課題を解決するには、まずは何よりも対話・交流の場を増やすことが大切だと考え、私たちの会ではさまざまな取り組みをしています。
たとえば「大江戸清掃隊」は、多い日には30名ほどの参加者が集まり、日本人と外国人が同じグループになって街の清掃活動を行います。一緒に掃除をすることで自然と会話が生まれ、偏見の払拭に一役買ってくれています。また、浅草橋の神社で毎月第3日曜日に開催される朝市では、外国人住民も参加して手作りの料理や小物などを販売しています。
そのほか、毎週月曜日と木曜日には浅草橋で「まちなか日本語教室にほんごカフェ」を開催しています。ここでは外国人住民と日本人が共に学べる内容を用意しています。本当の意味で隣人になるには、交流を日常化していかなくてはいけません。毎週カフェに通うことで、「外国人」から「名前のある友人」へと参加者の意識が変わっていく様子を数多く見てきました。
これからの日本社会は、外国人と一緒にまちづくりをしていかなければいけない時代に入っています。多文化共生のまちづくりを進めるために、私たち日本語教師ができる貢献として提案したいのが、町会の掲示板や回覧板を「やさしい日本語」に書き換えること。
日本語教師のスキルは、単なる言葉の言い換えではなく、外国人と日本人をつなぎ、社会的な孤立を防ぐ専門技能です。言葉が通じないことで生まれる「分断」は、地域の不安につながります。私たちが「つなぐ」対象は、日本人と外国人の両方。私たちが間に入ってつなぐことで、不安が「安心」へ、分断が「対等な隣人」の笑顔へと変わる。そんな未来の景色をデザインしていけます。ですから、皆さんもぜひ、身近なところから活動をしていただけたら幸いです。
【事例4】<現場を重ねて見えてきた、日本語教師の役割~共生社会のあり方に関わる日本語教育>
寺浦久仁香氏(日本語学校・大学 任意団体代表理事)

私は日本語教師以外にもさまざまな活動をしていることから、よく「いろんな現場を経験しているね」と言われます。まずは自己紹介を兼ねて、私が重ねてきた現場をご紹介しながら、日本語教師の可能性についてお話します。
私が日本語教育に携わるようになったのは、40代に入ってから。それまでは長年IT企業でSEやWebデザイナーとして働いてきましたが、父が認知症になり、子どもが成人したのをきっかけに「私が人生で本当にやりたいことは何だろう?」と考えるようになったのです。若い頃から「外国の方と関わりたい」と思っていたことに気づき、日本語教師を目指すことにしました。
日本語教師となり、外国出身者の方々との関わりを深めるにつれて地域活動にも参加するようになり、多文化共生のまちづくりを目指す任意団体を設立。まちづくりのイベントを企画・実施するようなことが始まりました。また、留学生の日本語教育から日本語教師の養成教育へ、大学院で日本語教育研究科を修了したことから研究会・学会での研究へと、日本語教師としての活動フィールドも広がっていきました。
私の場合、30代から20年以上、社会教育ボランティアをしてきたことが、自分の根幹になっていると感じます。ボランティアでは宇宙教育指導者として月に1回、2時間程度のワークショップを企画・実践してきました。その経験が、日々の授業やイベント企画にも役立っています。
日本語教師は、キャリアの広がり(留学生教育、教師養成、特定分野の日本語教育、教材設計・教材開発、研究、各種団体のマネジメントなど)、社会への広がり(教育分野、地域社会、労働市場、福祉・医療分野、国際関係、公共政策など)の両方において、多彩な広がりがあります。その可能性は、皆さんが想像される以上に大きいと思います。私自身も、5年前には自分がこれほど幅広い活動をするとは思ってもいませんでした。
日本語教師の可能性は、皆さんがこれまで生きてきた経験がそのまま社会へも広がるし、キャリアへも広がります。無駄なことは1つもありません。皆さんも、これから自分がどんな可能性を拡げていくのか、楽しみですね。
日本語教育は言語指導だけはなく、「社会的存在」としての学習者と向き合い、共生社会を支える営みに役立てるのではないかと考えています。皆さん自身も「社会的存在」です。「社会的存在」として、自身の役割や可能性を楽しみながら追求していただきたいと思います。
■第2部 グループディスカッション(分科会)




第2部では、会場を4つのグループに分けて、グループディスカッションを行いました。登壇者が各グループを巡回し、10分程度ずつ質疑応答を行う形で進められました。参加者から次々と質問が寄せられ、現場のリアルな声を交えた活発な意見交換が行われました。
■第3部 全体会(分科会の報告・まとめ)
進行・モデレーター 志賀玲子氏(武蔵野大学グローバル学部教授)


第3部では、第2部のグループディスカッション(分科会)で挙がった議題や質問などについて、登壇者から報告が行われました。日本語教師のキャリア形成や、地域活動の始め方、高校におけるテキスト選定や放課後教育についての質問が集まり、登壇者が意見交換を行いました。
続いて全体のまとめとして、オンライン配信参加者から寄せられた「日本語教師の待遇改善や働きやすさについて、どう感じていますか?」という質問に答えていただきました。
「私が新卒で専任の日本語教師になった頃は手取りで月15万円程度でしたが、今は東京だと22万~26万円くらいからスタートする学校が一般的なので、給与面での改善はある程度は進んでいると感じます。学校側も教師の負担を減らす取り組みをしているので、昔に比べるとブラックではなくなってきていると思います」(久保絵理香氏)
「公立高校の場合、日本語教師は私も含め非常勤が多いと思いますが、非常勤講師の給料は一律です。2時間の授業を行うときは2時間プラス1時間分の手当が出ますが、放課後支援については無給です。ただ、私は放課後も生徒と一緒に過ごすのが楽しくて、自分から望んでサービス残業をしているので、その点は仕方がないと思っています」(富岡貴子氏)
「私が25年前に非常勤の日本語教師を始めた当初は時給1300円で、生活のために週末は別の仕事をし、貯蓄を切り崩していました。けれども現在は、多文化共生地域日本語教育コーディネーターとして区からの委託の仕事を請けたり、個人で日本語を教えるなどして、生活できる程度の収入は得ています。いかようにも仕事の幅や収入源を増やしていくことができるのも、日本語教師という仕事ではないかと感じています」(山藤弘子氏)
「自分のキャリアに対して何を投資して、何を回収するかという視点も大事だと思います。給料のいい学校や仕事が、自分にとっていいとは限りません。自分が何を求めているのかを考え、やりがいと給料の兼ね合いを見ながら、自分に合った場を探して、ステップアップにつなげていっていただきたいですね」(寺浦久仁香氏)
■最後に…
<閉会のあいさつ>
日本語研究会理事 田中知信氏

近年、日本語を学ぶ人が多様化・細分化されていく中で、日本語教師は、それぞれの学習者に対してどのように日本語を教えていけばよいか、いったん考えてみるタイミングを迎えています。本日のシンポジウムで登壇者の先生方がしてくださったお話が、皆様が今後の日本語教育や日本語教師としてのキャリアを考える上で、何かしらのヒントになれば喜ばしく思います。
日本語教育は日本の国策であり、日本語教育の品質が、今後の日本の国力をも左右する要になると言われています。そうした中、私たち教員側も変わっていく必要がありますし、教育手法や教え方も変わっていかなければいけない局面を迎えています。一例を挙げると、皆様もご存じのとおり、生成AIはものすごいスピードで進化しています。日本語教育にAIを活用する場合、日本語教師はどのような役割を担うのか、といったことも含めて議論をしながら、日本語教育の新しい形を提供することも、これからの日本語教育に必要なことだと考えています。
日本語研究会は、今後もオンライン講演会やシンポジウムなど、さまざまな企画を通して議論の場を提供し、情報発信や提案を行っていきますので、皆様もぜひ仲間になっていただければ幸いです。

ご登壇いただいた先生方・参加者の皆様と記念撮影
